海がきこえる~幻の四万十編を追う③

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「四万十編」の内容に踏み込んでいく前に、単行本1巻のラストにあたる部分がアニメージュ連載版でどのように描かれていたのか触れておくことにする。

単行本1巻の内容はアニメージュ版連載第18回(以下の回数はすべてアニメージュ連載時のもの)まででほぼ描きつくされている。

東京で偶然の再会を果たした拓と里伽子は、大学の夏休みに高知に帰省してくる。高知でのクラス会には、京都の大学に進学した松野も参加し、高校時代の級友達との再会を果たす。クラス会での里伽子は二次会でマイク片手にカラオケを歌うといった意外な一面を披露している。

盛り上がったクラス会が、おひらきになったあたりで単行本1巻が終わるが、アニメージュ版18回の挿絵にはここで高知城をバックにした、拓と里伽子のキスシーンがある。

ライトアップされた高知城を二人きりで見上げるうち、拓が大胆にも里伽子を引き寄せ、一瞬のキスを奪う、という流れである。里伽子が怒るか、それともデレるかと思いきや、まったく意に介せず無反応、というあまり色気のないラブシーンなのだが、それがまたいい味を出しており、氷室冴子という作者の巧さを感じさせる。

ところがなぜかこのシーンは単行本収録の際に省略されている。にもかかわらず、「海が…」のイラストなどを収録した画文集「僕が好きなひとへ~海がきこえるより」(氷室冴子、近藤勝也共著・徳間書店1993年刊)には近藤勝也描くキスシーンのイラストがバッチリ収録されており、このためアニメージュを読まずに単行本を読んだ者、あるいはアニメを観た者は、画文集を読んで少なからず混乱し、またアニメージュの読者は単行本を読んで「何じゃこれは」と落胆することになる。

しかし、この時の落胆は、単行本に四万十編が収録されていないことに気がついた驚きに比べれば物の数ではなかったのである。
アニメージュ版の連載は全23話ある。つまり単行本に収録された18話以降、5話分に相当する分量の物語が、単行本化に際し失われてしまったのである。
(つづく)


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