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オタクをめぐる書評〜「趣都の誕生 萌える都市アキハバラ」

「趣都の誕生 萌える都市アキハバラ」 森川嘉一郎著
幻冬社・2003年刊、幻冬社文庫版2008年刊。

オタク好みのアニメ絵に埋め尽くされた、秋葉原電気街のデザインは、官主導でもなければ、商業資本などの民主導によるものでもない。
これまで個室に隠匿されていたオタク趣味が、都市にまで拡大したものであるとする都市論、オタク論。

家電製品のメッカであった秋葉原は、90年代に入り、郊外型の家電量販店に客足を奪われる。その結果、秋葉原はパソコン販売に特化した商業施策へと転換し、そのことがやがてパソコン好きのオタク達のセンスで街を染めていくことになる。
今日の秋葉原のありようを、民の主導ではなく「趣味」の発露であるとする論旨には、それなりに説得力がある。しかし、それが家電販売の聖地としての未来を喪失したがための結果であるとするのは、いささか悲観的に過ぎはしないか。
韓国のアニメ・マンガ産業が、国の主導で進められてきたという例を示しながら、きわめて対照的に秋葉原に見られる現象を、日本のアニメ文化の歴史的な奥の深さに結びつけられずにいることに歯がゆさを感じる。
(国家主導でアニメつくっても、うまくいかんよ…多分)

著者の森川嘉一郎の専攻は建築学。本の中盤以降、秋葉原の都市デザイン論から離れ、航空機のデザイン、オウムのサティアンに関する建築考現学へと展開するあたりから、どうも論旨に無理が感じられる。まあ、このあたりの建築論が、専門性からいって著者の一番書きたかったことなのかもしれないが。

民主導の渋谷などの街が、上位文化(!)である海外志向で染まるのに対し、秋葉原はメイド・イン・ジャパンを志向し、看板の文字も日本語、ポスターに用いられるタレントも日本人。
こういった指摘にはなるほどと思わせるが、日本志向は内向的=オタク趣味であり、未来喪失の、沈み込んでゆく文化特性とするに至っては、もはや何をかいわんやである。
資本の思惑にも、米国流のグローバルスタンダードにも、決して捉えられることのない日本流の大衆文化の底力に、むしろ誇りを持ちたい。

なお、最近観光された文庫版には増補として加筆された章がある。
ITビルの建設から、今年(2008年)6月の秋葉原事件に至るここ数年の秋葉原の街の移り変わりについての足早な論評である。
東京都主導のITビル建設は、街からオタク文化を駆逐する方向には向かわなかったが、メイド喫茶などが評判になり、物珍しさから観光スポットとなったアキバが、これまでのアキバ住民(オタクのこと)にとってむしろ違和感をもたらしたという皮肉。

アキハバラの未来はどこに。



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