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高群逸枝「娘巡礼記」と伊予・大洲

さて、「娘巡礼記」によると高群逸枝は九州を離れたあと、大分から船に乗り、四国・八幡浜に上陸した。大正7年7月14日のことである。
彼女と伊藤老人が最初に向かったのは、四十三番札所源光山明石寺。
このとき彼女は、道を取り違えたため、大窪越えという難路をたどることになったと巡礼記にはある。

高群逸枝は、このあと伊予の国愛媛県を南下し、四十二番札所・仏木寺を目指す。
四国遍路には順打ちと逆打ちがあるが、彼女は逆打ちを選んだのである。
四国遍路では徳島の一番札所霊山寺から始めて、二番、三番と詣っていくのが最もポピュラーなコースであり、番数が低い札所から高い札所へと回ることを順打ちという。この場合、コースはおおむね四国の周縁部に沿って時計回りに描かれる。逆打ちというのは文字通り、順打ちとは逆に、時計と逆周りに、札所の番数が高い方から低い方へと回ることをいう。

聞いたところによると、何番の札所から始めようと、どういう順番で回ろうと差し支えはないそうである。私の場合は、JR高徳線の板東駅から一番札所霊山寺にまず参拝し、順打ちで回っている。
坂東眞砂子のホラー小説「死国」(角川書店)には、四国八十八箇所霊場を、死者の歳の数だけ逆打ちして回ると、その死者が甦るというエピソードが登場するが、これは作者の創作であろう。

さて、四十三番明石寺は、愛媛県西予市宇和町。
八幡浜から南に約15キロ、JR予讃線・卯之町駅が最寄りであり、旧宿場町の面影を残す卯之町の町並みを抜け、山道に入ったあたりにひっそりと建つ。
付近の丘の上には愛媛県歴史文化博物館があるが、これは1994年開館。
また、卯之町には幕末の蘭学者・高野長英が、お尋ね者として各地を遍歴した際、宇和出身の医学者・二宮敬作を頼り、隠れ住んだ家屋が、県の史跡として保存されている。
むろんこうした観光コースに関する記述は巡礼記にはなく、高群逸枝はここの木賃宿のあまりの汚さに辟易として、早々に立ち去って次の札所へと向かっている。

八幡浜から、明石寺に向かうと、途中で大洲の城下町を通るのが普通だが、巡礼記にはそれらしい記述はない。
大洲城下は、伊予大洲藩以来の名所・旧蹟だろうが(築城はもっと古く鎌倉末期)、高群逸枝が訪れた大正時代の状況も考慮すれば、観光地・大洲についての描写がないことはとくだん不思議でもない。つまり今日のような観光化がなされていなかったと考えられるわけである。
「娘巡礼記」は、全体として自然の風物以外の観光地の描写に乏しいが、これはそもそも四国遍路のコースがまだ観光化されているというにはほど遠い状況にあったということと、作者が人々との出会いに重きを置いて紀行文を書き進めていることに理由があるのだろう。

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